10日間毎日フランス語の曲を聴いてみた 7組のフランス語圏アーティスト紹介
この記事は外国語の曲を聴きリスニング力が上がった体験談ではない。(上がらなかった)。音楽好きフランス語初心者が10日間毎日フランス語圏の音楽をdigった結果、今年ベスト級に好きになった7組のアーティストの紹介記事。
私はバウンシーなヒップホップと踊れる曲が好きで、digを始めた4月は春の気候に合う明るい気分になれる曲を求めていた。だから今回紹介するものは聴くと足取りが軽くなるタイプの作品が多い。正直digというほど大したことはしていないので取り上げるアーティストはすでに有名な方が多い。
- そもそもフランス語圏ってどこ?
- フランス語圏アーティスト紹介
- 1. IAM(イアエム)フランス語ラップのオリジネーター
- 2.Hocus Pocus(ホーカス・ポーカス/フランス語読み:オキュス・ポキュス) The Rootsとも比較される生音Hiphopバンド
- 3.Brö (ブロ) ラップもできる次世代フレンチポップ最前線
- 4.Varnish la Piscine (ヴァーニッシュ・ラ・ピシーヌ) 「耳で聴く映画」を作るスイスのラッパー&映画監督
- 5.Angèle(アンジェル) ウィスパーボイスの虜になるベルギーのスーパースター
- 6.Rallye 多幸感溢れる楽曲を連発する要注目バンド
- 7.番外編 Saint Levant(サン・ルヴァン) 3ヶ国語でラップする知性派ラッパー
- 終わりに
そもそもフランス語圏ってどこ?
フランス語圏(フランコフォニー)は、公用語または準公用語としてフランス語を使用する国や地域を指す。かつてフランスが植民地支配を行っていた影響で、世界に29カ国、話者人口は3億人以上に及ぶ。欧州ではベルギー、スイスなど、北アメリカではカナダ、アフリカではセネガル、コンゴをはじめとする21カ国がフランス語圏である。また、アルジェリア、チュニジアなど北アフリカの一部でもフランス語が広く通じる。
フランス語詞の音楽はフランス本土だけでなく、カナダのケベック、北アフリカ地域などでも歌われている。ダンス、エレクトロ、R&Bなどバリエーションに富み、特にラップは高い人気を誇る。第一線で活躍するアーティストのルーツや国籍もフランス本土に留まらない。
今回紹介するアーティストはフランス、スイス、ベルギー、アメリカを拠点に活動する7組.
フランス語圏アーティスト紹介
おすすめアーティスト ラッパー編
1. IAM(イアエム)フランス語ラップのオリジネーター
1989年結成、南仏の港町マルセイユのヒップホップグループ。2023年までに10枚のアルバムをリリースしているベテランで現役。アルジェルア、マダガスカル、イタリアなどにルーツを持つ5人のメンバーはそれぞれソロ活動でも活躍している。2018年には来日公演も開催し、アメリカのラッパーMethod manともコラボするなど国際的に活動。
Wu-Tang Clanに影響を受けたシンプルだが惹きつけられるオールドスクールなトラックとフロウ、人種差別や植民地支配への抵抗を歌ったコンシャスで知性的なリリックで知られる。
大ヒットした1997年発表のアルバム「L'École du micro d'argent」(銀のマイクの学校)は、私が確認できた全てのフランスhiphop名盤ランキングで上位に入るフランス語ラップの金字塔。ストリーミング世代には長尺だが聴く価値あり。
イチオシの一曲 Je danse le mia(ミアを踊る)
94年に8週チャート1位に輝いた大ヒット曲「Je danse le mia」(ミアを踊る。)はファンキーなメロディに乗せて80年代マルセイユのパーティーシーンを懐古した楽しい一曲だ。コーラスもラップもスクラッチ音も全てが完璧なタイミングで粋。今聴いてもかっこいい。
MVの監督は「エターナル・サンシャイン」で知られるミシェル・ゴンドリー。ズームを繰り返しパーティーから路上に移動していくカメラワークが面白い。
2.Hocus Pocus(ホーカス・ポーカス/フランス語読み:オキュス・ポキュス) The Rootsとも比較される生音Hiphopバンド
1995年フランス西部ナントで結成された、テーブル・DJ・ドラム・ギター・ベース・鍵盤から成る生音hiphopバンド。いまのところ最後のリリースは2014年のEP。
ジャズ、ファンク、ソウルの影響を受けたサウンドが聴き心地良く、激しいラップは苦手な人にもアピールするタイプのhiphop。たびたびThe Rootsと比較される。
日本ではフジロック、朝霧ジャムに出演、単独公演も行っており、日本語のインタビューも読める。SNSで3人からお薦めしてもらったので、フランスのhiphopアーティストの中では日本での知名度は高いのかもしれない。
イチオシの1曲 Je la soul
2007に人口6000万人のフランスで6万枚以上を売り上げたセカンドアルバム「Place 54」収録曲Je la soulはジャージーでチル。J dillaやNujabesが好きな人はきっと気にいる1曲
残念ながら日本のSpotifyでは聴けない。
3.Brö (ブロ) ラップもできる次世代フレンチポップ最前線
パリ出身の若手歌手/歌手
国立音楽院コンセルヴァトワールに通い、フリースタイルラップバトルにも出場していた異彩。
ダンスポップ、エレクトロ、R&B,ファンクを融合させたエレガントなそのスタイルは唯一無二。2023年にはアルバムをリリース。
イチオシ曲 J'avoue(認める)
メゾンキツネのコンピレーションアルバムに収録された無心で踊りたくなるダンスポップ。
陶酔させるアップテンポのトラックに乗り「私は間違えていたと認める/失敗から栄光まで全てを生き抜く」と歌うコーラスからタイトなラップへの移行が素晴らしい。
4.Varnish la Piscine (ヴァーニッシュ・ラ・ピシーヌ) 「耳で聴く映画」を作るスイスのラッパー&映画監督
コンゴ民主共和国にルーツを持つスイス人ラッパー/プロデューサー/映画監督。
1994年にアルプス山脈に囲まれた街ジュネーブで生まれ現在も拠点を置く。
音楽好きの家庭に生まれ、ファレル・ウィリアムスが10代の頃からの憧れだという彼はYoutubeを参考に独学で音楽制作を学び、プロデューサーとして数々のフランス語圏のラッパーの楽曲を手掛ける。2016年にソロ活動をスタートさせ、Tyler the CreatorがSNSで紹介したことをきっかけに国際的に注目を浴びた。
Varnish La Piscineの音楽を一言で表すなら「遊び心」。
ボサノバ、シンセポップ、レゲエをポップにブレンドしたトラックの上に流れるラップはフランス語の響きの愉しさが存分に活かされている。聴くと楽しい気分になれることうけあい。
彼をさらにユニークな存在にするのは、アルバムが「聴く映画」であることだ。
映画監督でもある彼は、最初のソロアルバムEscape (F+R Prelude)から2023年発表の最新作「This lake is succesful」まで、一貫して不思議なストーリー仕立てのアルバムを作り続けている。Escape (F+R Prelude)は、事故に遭い記憶を失った男が、患者を殺す看護師により荒れ果てた病院から逃げようとする物語。主人公の状況と感情を反映した曲目はトラックごとに心地よいシンセサイザーが響く曲から、歪んだベースの攻撃的な曲へと移り変わる。2020年には初監督の中編ミュージカル映画「Les contes du Cockatoo」と本作のサウンドトラック「METRONOME POLE DANCE TWIST AMAZONE」を発表。4人の登場人物が異常な出来事に直面する不条理コメディだ。彼の映像作品はその絵本のようなキッチュなビジュアルと理不尽な脚本からウェス・アンダーソンやコーエン兄弟と比較される。
この映画は公式Youtubeチャンネルで視聴可能。
音のおもちゃ箱のようなサウンドトラックも素晴らしい。
2023年リリースの最新アルバム「This Lake Is SUCCESFUL」も、世界観を共有する4部構成の短編映画「CE LAC A DU SUCCÈS」と共に映画館で行われたリリースパーティーでお披露目された。湖に棲む超能力を持った魚を巡り右往左往する地元の人々と、ある平凡な男が偉大な漁師になるまでを描いた物語だ。
「CE LAC A DU SUCCÈS」は英語字幕付きでYoutubeにて配信中
イチオシの一曲 Ring Island
ただ、君に会いたいんだ
何もかも忘れて自由に触れたい
音速の壁を越えていく君をが見たい
ヤシの木に囲まれた美しい景色が広がっている
止まらないで逃げる方法を教えて
みんなを殺したい
オートチューンがかかったコーラスの奇妙な歌詞に、メロウなシンセとパーカッシヴなギターの多用が楽しい、子供番組のサウンドトラックのようなトラック。シュールな音の世界に連れ込まれる。ラップの使い方が斬新。
素人なので全く根拠がないが、それぞれの楽器の音色が潰れておらず、マスタリングもかなり良い曲だと思う。音楽制作に詳しい人の感想が聞きたい。
「イギリスでもアメリカでも日本でも聴かれるサウンドを作っている」「コーチェラやグラストンベリーに出たい」と国際的な活躍を望むVarnish La Piscine。ぜひ来日ライブで日本の観客をその不思議な世界観で魅了してほしい。
5.Angèle(アンジェル) ウィスパーボイスの虜になるベルギーのスーパースター
1995年生まれ、ベルギーの首都ブリュッセル出身のシンガーソングライター。
女優の母とミュージシャンの父の元に生まれ、ラッパーの兄を持つ。幼い頃からピアノを習い、高校ではジャズを学ぶ。キャリア初期はInstagramにコメディチックなカバー曲の動画を投稿し、カフェやレストランでライブを行っていた。2018年にデビューアルバム「Brol」(乱雑)が100万枚を売り上げる大ヒットを記録し、一躍フランス語圏のスターになる。2020年にDua Lipaの「Fever」に客演。
2021年には2ndアルバム「Nonante-Cinq」(95)をリリースし、フランス語圏を超えた人気を高める。2023年はコーチェラ、Met Galaにも出演。
Chanelのアンバサダーを務め、レオ・カラックス監督の映画「アネット」にも出演するなどファッション業界と映画界からも注目を浴びている。
曲によりあどけなくも艶やかにも変化するウィスパーボイスはシンセポップ、ディスコ、hiphop,バラードまでどんなグルーヴも乗りこなす万能ぶり。
そして、彼女を稀有な存在にする点は社会を生きる多くの人が直面する経験や感情を口ずさみたくなるポップスに昇華できるソングライターとしての才能だ。(この点で勝手にベルギーのIUと呼んでいる。)
彼女の曲のテーマはラブソングだけにとどまらず、性犯罪者告発ソング「Balance Ton Quoi」(あなたの何かを晒せ)からベルギーの南北分裂問題に触れたディスコポップ「Bruxelles, Je t'aime」(ブリュッセル,愛してる)まで多彩に広がる。
女性の恋人に向ける愛を歌ったバラード「Ta Reine」も素晴らしい。
イチオシの1曲 CP_009_ évidemment (当然)
ゴールラインを見るだけで
その前に立ちはだかる障害物を見ることはない
忍耐力はない
努力も結果も見えない
幸せは良いものだけど安定しない
うまくいかない二つの間に挟まれるだけ
当然倒れても起き上がれ
俺たちは負けても生き返る 立ち上がる
当然だろ
簡単なことなら、わかるはず
「フランスのエミネム」ともいわれ、その女性蔑視的なリリックから政治家の攻撃も受けたフランスのベテランラッパーOrelsanとのコラボ曲。成功を望む人に成功は外から見るほど簡単ではないと諭し、失敗をしても当然の如く立ち上がり続けろと激励する曲。
最初から最後まで洗練されたエネルギーに支配されたBPM120のハウスだ。
2021年発表されたAngéleの2ndアルバムのデラックス版「Nonante-Cinq La Suite」とOrelsanの最新作「Civilisation 」両方に収録された。
ベルギーが誇るスーパースターAngèleが次に何を歌うのか眼が離せない。
6.Rallye 多幸感溢れる楽曲を連発する要注目バンド
2018年にパリ郊外オー=ド=セーヌ県の高校時代の同級生4人で結成されたインディーロックバンド。(現在は5人編成のよう)
フレンチポップとサイケロックを融合させた彼らの楽曲は春にぴったり。個人的に今ライブが見たいフランスのバンドNo.1.
パンクなエネルギー、A.G.CookのハイパーポップとPhoenixのギターロックの共通部分に存在するRallyeのサウンドを彼らは「インターネット・ロック」と呼ぶ。ジャムセッションではなくPCで何度も実験を繰り返しながら作曲する制作スタイルで、フランス語で歌うことにこだわりを持っていると語る。同郷フランスのバンドPhoenixとオーストラリアのバンドTame Impalaに影響を受けたと公言し、バンド名Rallyeの由来の一つはPhoenixの楽曲Rallyから。
彼らが2023年にリリースした3rd EP「cheval 2_3」(馬)は全ての曲が傑作。
イチオシの1曲 Adolescent
2023年リリースのアルバムCheval_2_3(馬)リードシングルAdolescent(思春期)
青春映画のサウンドトラックに使われそうな一曲。フランス語の軽やかな響きと少し破滅的なまでに高揚感が溢れるサビのシンセサイザーの音色が素晴らしい。
「音楽で人々の黄金時代を体現し、誰かの人生の一時期についての音楽を作ろうとしている」という彼らの言葉通り、人生の楽しい瞬間のサウンドトラックにふさわしい一曲だ。
7.番外編 Saint Levant(サン・ルヴァン) 3ヶ国語でラップする知性派ラッパー
番外編にフランス語圏出身ではないが一部フランス語で表現するアーティストSaint Levantを紹介したい。2022年に英語、フランス語、アラビア語で滑らかにラップする「Very few friends」がtiktokとinstagramでバイラルになり、注目を浴びるラッパーだ。彼はアルジェリアとフランスにルーツを持つ母とセルビアとパレスチナにルーツを持つ父の間、エルサレムに生まれた。
幼少期をガザで過ごした後、パレスチナ内戦の影響でヨルダンに逃れ、10年間暮らす。家庭ではフランス語、通っていたアメリカンスクールでは英語、放課後サッカーをするパレスチナ難民キャンプではアラビア語を話す生活だったという。現在はカルフォルニア大サンタバーバラ校で国際関係学を学びアメリカを拠点に活動する。多文化的背景を持つ22歳の若手ラッパーだ。
国際学部で学ぶ傍らパレスチナ人の起業家に資金調達するスタートアップを経営していたものの、音楽への情熱を持ち続けガラージやレゲエはじめ様々な音楽を制作していた。
もともとtiktokに政治的な事柄を話す動画を投稿していたが、自作曲も投稿し始める。「Very few friends」でのブレイク後は、2023年にはロンドンでの1400人収容の会場も含めたワールドツアーが発売から15分でソールドアウトする人気ぶり。Dior beuty初の中東アンバサダーにも起用され,ファッション界でも高い注目を浴びている。
イチオシの一曲 Tik tokとInstagramでバイラルになった3ヶ国語ラップ「Very few friends」
シンプルでチルなトラックに、気怠げな色気があるハスキーボイス、流麗なラップ。スムースな3ヶ国語の切り替え。自立した女性を賛美するリリック。モテ要素しかない。ライブ映像を見てもそのスキルは確かだ。
生まれた国イスラエルの占領軍が課した政策を鋭く批判しながらパレスチナの伝統を守ることをラップした「Haifa in a Tesla」をはじめ彼のディスコグラフィーには政治的な曲も多い。
パレスチナとパレスチナ人コミュニティのために尽力するSaint Levantは、2048年までにパレスチナの解放と発展を計画する。「音楽はクールだけど、ボブ・マーリーほど偉大な人が人々を団結させようとしても何も起きなかった。僕は実際に重要な協定と取引に署名できるようになりたい。」と語り、将来的に政治界への参入の意思を公にしている。
そんな背景を知らない人も虜にする洒脱なラップは今しか聴けないものかもしれない。
要チェックのアーティストだ。
終わりに
今回紹介したIAM, Hocus pocus, Varnish La Piscine, Angèle, Rallye, Saint Levantはキャリアも音楽性も様々ながら、皆フランス語の軽やかな響きを活かしたサウンド作りで歌詞がわからない聴衆も虜にするアーティストだ。
フランス語ポップスの世界はカラフルで奥深く、10日間毎日フランス語の曲を聴いても一切飽きなかった。
フランス出身の好きなアーティストは何人かいても、フランス語詩の曲には全く馴染みがなかった私でさえもたくさんの宝物のような曲出会えた。
この記事を読んだ人もぜひフランス語圏の音楽をdigってお気に入りを見つけて欲しい。そして見つけたお気に入りをぜひおすすめして欲しい。
今回紹介したアーティストを含む、10日間毎日フランス語の曲を探して見つけた曲のプレイリスト
Apple Music
参考文献:
・陣野敏史,「魂の声をあげる 現代史としてのラップ・フランセ」,Après-midi社,(2022)
フランスのヒップホップ/ラップは、如何に「移民」というアイデンティティと向き合ってきたのか? その30年以上の歴史を俯瞰する | FUZE
HOCUS POCUS - アーティスト情報 - P-VINE, Inc.
https://observatoire.francophonie.org/qui-parle-francais-dans-le-monde/